◇ 旧九鬼家住宅について


  旧九鬼家住宅は、三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅として、明治9年頃に建てられた建物です。江戸時代の民家や商家の間取りを持ちながら、武家屋敷の名残を残す二階建ての住宅ですが、特徴的なのが二階部分に洋式のデザインが取り入れられていることです。

 明治初期に文明開化のもと、日本人の大工により西洋の建築に似せて、学校や役所、ホテル、銀行などが数多く建てられました。このような建物を建築史では「擬洋風建築と呼んでいます。


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  旧九鬼家住宅は、こうした擬洋風建築のひとつとして捉えられますが、九鬼家の当主であり鉄道技師でもあった九鬼隆範(くきりゅうはん)が洋風デザインを取り入れて自ら描いた住宅の設計図(現在でいう基本設計図に当たるもの)が残っています。当時の大工が見よう見まねで真似て建てた擬洋風建築にはない、九鬼隆範が指示した洋風のデザインと伝統的な建築様式が絶妙に調和した貴重な建物として評価されています。

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 九鬼隆範について

 


 旧九鬼家住宅は、平成10年4月に兵庫県重要有形文化財に指定されました。その後、平成11年6月から平成13年3月にかけての解体修理工事を経て、平成13年11月に「旧九鬼家住宅資料館」として開館しました。

 建物の諸元

 (面積・平面図)


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 旧九鬼家住宅の建物の特徴的なものは以下のとおりです。

○ 洋風デザインを高い技術に裏付けられた伝統的な技法を駆使して表現していること

 ・二階ベランダ部分のアーチや円柱の漆喰塗り仕上げ、二階大広間の壁・天井の襖紙仕上げ(壁クロス風

  に)、ベランダ出入口の鎧戸やガラス戸の組み立て、納戸部分の外開き窓の割り付けなど、当時の大工

  の技量がなければこのような質の高い意匠にはならなかったと思われます。

○ 江戸時代からの三田の民家の間取りが見られること

 ・三田では「摂丹型」といわれる茅葺き民家が今でも多く残っています。摂丹型民家は妻入りの縦列六間取

  りが代表的ですが、旧九鬼家住宅では平入りの摂丹型六間取りとの類似性が認められます。

 ・ただし、土間に面して商売をする「ミセノマ」の造りが見られ、町家(商家)としての部屋の使い方が農

  家のものとは異なっています。

○ 武家屋敷としての簡素な意匠を引き継いでいること

 ・旧家老屋敷の木材等を再利用して屋敷跡に建てたこともあって、とくに客室や仏間の床の間廻りや欄間に

  簡素で品の良い意匠が見てとれます。武家書院づくりの「真行草」でいえば、「行」に近い落ち着いた

  くつろぎの空間になっています。

○ 左流れの桟瓦が使われていること

 ・いわゆる左桟瓦は江戸時代から明治にかけて西日本の一部で使われていたようですが、今となっては珍し

  く貴重のものとなっています。現在、三田の周辺地域にはなく、三田の古い建物でしか見られません。

  旧九鬼家住宅の左桟瓦は、江戸時代の古い桟瓦の特徴を良く残しています。

 

◁ 擬洋風建築を参照

 

 

 

 

 

 左桟瓦について